「この腐った田舎」

兵庫県の「号泣県議」を皮切りに、メディアが地方議会のダメダメさ、を逐次報道するようになりました。

また、住民が地方議会の活動について全く知らされていない、または知ろうとしないことは今に始まったことではありません。そのツケはいづれ住民がかぶることになるのです。

 

夏休みの宿題廃止条例を作る会の発足後、私もいろいろ地方議会・地方行政について勉強してきました。

議員の報酬についても書きました。県内の議会が無投票か、ほぼ無投票(例えば定数18に、立候補者19とか)になっていることについても書きました。

 

福井県にも教育を変えていきたい、今の行政はおかしい、と不満を述べている人は多いのですが、いざ行動に起こそう、自分が立候補しよう、と思う人はまだ少ないです。やはり福井県民には選挙アレルギーが強いようです。狭いムラ社会の中で目立つことを恐れる人が多いのでしょう。大人がこんな感じですから、その価値観は子供にも遺伝します。当然、若い世代は福井県を離れ、都会に出ていってしまいます。

 

大野市に里帰りした時、ある住民が大野市を「この腐った田舎」と呼んでいました。

 

表現はキツイですが、心の中でそう思っている住民は多いのではないでしょうか。事実、私も20代の頃はそう思っていました。大野市で自分が受けた教育が嫌い(強圧的な教師や休みも勉強しないといけない文化等)で育った土地に誇りを持てなかったから上に、都会や海外のほうが華やかなイメージがあったからです。

 

しかし、外国人の妻や、大野市外から来る日本人・外国人を案内していているうちに、故郷大野市はこんなに面白く、健康に生きられる町なんだ、と思えるようになりました。事実、大野市の水道水を飲むだけで、身体が喜び健康になっていくのがわかります。東京や福井市にも住みましたが、結局やはり大野市に住むのが一番良いと思えるようになりました。

 

若者がどんどん離れていく福井県、さらに輪をかけて高齢化の進む大野市(+県内の市町村)。であるがゆえに、実は活躍の場は都会より多いのではないか、とも感じます。