嫌われる勇気

数年前に「嫌われる勇気」という本が話題となった。「嫌われる勇気」とはよく考えられたネーミングだと思う。組織なんかに属していると、自由闊達に意見を言ったり、上司や同僚の間違いを指摘することが難しいことのほうが多い。本当はそのほうが組織は健全になると思うのだが、他人との関係が壊れることを恐れるあまり、言うべきことを言えないことがある。これは自分にとっても組織にとっても不幸なことだろう。だが、やはり嫌われることは勇気がいる。自分の給料やポジションを失う可能性があるからだ。

 

しかし、自分の意見を言って受け入れられた時、私達は所属する組織・グループにより愛着を感じるようになるだろう。上の人が力で抑え込むような場所は、みな面従腹背を決め込んでしまう。そんな団体はいずれ問題を起こすに決っている。(特に、今のスポーツ界。)

 

もちろん、政治の世界でも同じこと。言葉を選ぶ必要はあるが、国や街をよくするために自分の主張を臆せずに訴えることは大切だ。日本でも敵をたくさん作った総理や首長ほど覚えられているものである。私は、今の安倍首相、小泉元首相、橋下徹元大阪市長は、賛否両論あるけれども、大きな仕事をした政治家だと思っている。それは、特定のグループに嫌われながらも自分の意思を貫いたからだ。

 

安倍首相は、北朝鮮、左派系マスコミや日教組、護憲派と戦った。

小泉元首相は、党内の抵抗勢力や国内外の靖国参拝反対派と戦った。

橋下徹元大阪市長は、労働組合やマスコミ、すべての国政政党と戦った。

 

彼らはすべての戦いに勝利したわけではない。無様な敗北を喫したこともある。しかし、それでも大きな仕事を成し遂げ、多くの人を魅了したのだ。そうでなければ、安倍さん、小泉さんは1年でやめていただろうし、橋下さんは事なかれ主義の多選市長に成り下がっていただろう。

 

私は政策面ではともかく、この3人の姿勢からは大いに学びたいと思っている。

 

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