【政治の常識】疑うことから始める

選挙に出るとき、議員として仕事をしているとき、いろんな「常識」が人々の口から出てくる。

しかし、よくよく考えてみると眉唾のものも多い。検証していこう。

 

若者は投票に行かない

若者の投票率が低いのは、投票したいと思える候補者がいないからではないのか。この政治家に未来を託したい、この候補者の話は魂を揺さぶる、そういった人が出てこない限り彼らは投票しない。年齢が上がると友人だから、親戚だから、仕事でお世話になっているからという理由で投票に行く人が増える。しかしそれは積極的な意味での支持とは言えないだろう。候補者の質を上げていくことが若者投票率を上げる鍵なのだ。新聞、学校、役所の選挙啓発運動では決して口に出来ない事実だと思う。

  

選挙には金がかかる

ウソ。若い人に立候補して欲しくない人が言っているだけ。これは自分自身で証明した。かけたお金は45万。全てカンパで賄い、当選を果たした。自分のお金は1円も使わずに済んだ。結局のところお金ではなく、改革したいという情熱が立候補へのエネルギーになるのだ。市議選には200万かかると言うが、それは人件費と事務所費にお金をかけている候補者が多いから。事務所は自宅、スタッフは全部ボランティアにすれば金はかからない。場合によってはカンパが選挙コストを上回り黒字になることも。

 

政治家は皆汚い人ばかり

だから、政治なんか興味がない・・・という流れになるのが一番危険。

人々が政治に関心を持たなくなって喜ぶのは誰か。既得権益層である。

彼らにとって低投票率は飯のタネ、酒のサカナである。

政治に不満があるからこそ、自分が立候補するなり、誰か良い人に政治家になってもらうよう支援する必要があるのだ。

 

お前なんか泡沫だから出るな

若い人に政治に関心を持ってもらいたくない人たちのセリフ。新人に頑張ってもらっては困る人もいるのだ。

泡沫でも有権者に訴えたいことがあるなら立候補する価値はある。骨のある政治家は1度や2度の落選を潜り抜けて成長していく。立候補することによって少なくとも知名度は上がる。むしろ、新人ががむしゃらになって活動することで、守旧派が立候補をとりやめることもある。2月の大野市議選でも一部それが起こった。

 

投票率は高いほうが良い

候補者による。組織に頼る候補にとって高い投票率は有難くない。

 

選挙は2回落ちたら政治生命は終わる

 ウソ。3回でも4回でも挑戦できる候補者は地域の宝である。そんなに意欲ある候補者はそういない。

「2回落ちたらアウト」は政党の都合だろう。

 

 

地元紙を見ていてもこういった観点から議論している記事はほぼ皆無。

地域の活性化はまずリーダーを選ぶことから始まる。

福井県の無投票と多選をなくすことが改革の1丁目1番地。