【ニクソンからの伝言】政治の世界に長く居すぎると

リチャード・ニクソン元大統領の半生を描いた映画「ニクソン」を観た。

 

ニクソンは1968年~1974年まで米国大統領として国内外をリードしてきたが、ウォーターゲート事件で失脚した大統領である。ベトナム戦争を終結させたものの、良いイメージを持つ人は米国でもそう多くはないだろう。3時間以上の長い映画だ。確か大学時代に一度観たと思う。

 

終盤で辞任直前にジョン・F・ケネディ元大統領の肖像画の前で、寂しそうにこう呟くニクソンが最も印象的だった。

 

When they look at you, they see what they want to be.  But, when they look at me, they see what they are.

「国民が君を見ると、そこに理想の姿を見る。だが、私をみると現実の姿を見るのだ。」

 

国民は彗星のごとく現れたケネディの姿を見て、明るい未来を思い浮かべる。

逆に、国民はニクソンを見て、現実の醜い政治を思い浮かべてしまう。

 

ニクソンは確かに能力はあったのだろう。しかし長い間政治の世界にいすぎてしまった

アプローチが政治的に「現実的」過ぎた。取り巻きを多く作りすぎたのだ。

最近の例では、ヒラリー・クリントンだろう。

歴代初の女性大統領候補と持てはやされた彼女も2016年には大統領夫人、国務長官を経て、多くの取り巻きに囲まれ、古い政治家のイメージがこびりついてしまい新鮮さがなくなってしまったのである。結果、サンダース氏相手に予備選で苦戦し、トランプ氏に大統領選で負けてしまうのである。政策は違えど、2人とも確かにヒラリーより新鮮味はあった。

 

人は権力の座に長く居すぎると、政治の現実を受け止めるのに慣れてしまい、新しい社会を作ろうとしなくなる。多くの人の前で夢を語らなくなる。結果、人々に古い政治家の印象を与えてしまう。

 

日本は今、政治の新陳代謝が求められている。

夢と希望を国民に与えられる政治家はどれだけいるのか。そして自分がそうあり続けられるか。

この古い映画から絶妙な問いを突き付けられているような気がした。