【教育はなぜ変わらない?】政治家を交えて話をしよう

2019年4月28日福井新聞 6面

 

フリースクール時代にお世話になった森透教授のコラム。

実は、このコラムになぜ不登校関連の市民団体が教育を変えてこれなかったのかが読み取れる。

 

不登校生を支援する団体がなぜ教育を変えられないのか。

それは、政治家を交えて議論しないからである。

また、団体から市議や市長になる候補者を立ててもいいのに、それをしようとしない。

 

実はこれらの団体は、教委や教師といった公務員とばかり話したがる。

しかし、現場の教師や校長はこういった場所に顔はほとんど出さない(または、出せない)。

にもかかわらず、市民の意見を真摯に聞くべき政治家と意見交換をしたりしない。

 

これでは教育を本気で変えようとしているとは言えないだろう。

結局、同じ考え同士の人たちと和気あいあい話し合って、教育や学校の批判をして、それで終わりなのである。

 

学校や教師は、親御さんと子供以外に対峙しないといけない相手がいる。

それは小中学校を運営する市町教委、教員の人事権を握る県教委、そして文科省の通達。

それがあるために、親御さんや子供たちが学校を変えようとしても上手くいかないのだ。

あるフリースクール関係者が、オランダの教育の優れている点を語っていたが、そもそもフリースクールに教育を変える力はない。オランダ式の教育を展開するなら福井県知事か福井市長になって教委に命令するしかない。別に改革しようと思わず、言いっぱなしでいいなら構わない。しかし、本当に学校で苦しんでいる子供たちを助けるなら、現状を変えていくべきだと僕は思う。

 

市町教委、県教委に対し、絶大な影響力を持つのは議員や首長といった政治家である。

 

コラムの赤線部分を見てみよう。

①「先生方もいろいろな課題や新たな授業も進める必要があり、負担が多い。」

→ 負担が多いのなら少なくすべきなのだが、それを市教委、県教委にさせられるのは政治家である。

 

②「先生方と保護者と子供たちの三者が一緒になって楽しく、ゆとりある学校づくりを目指す」

→ それができたらとっくの昔にできている。政治家がトップダウンで指示しないかぎり、ブラックともいえる学校の過密スケジュールは変わらない。

 

③「不登校ベースキャンプは…学校と教師との連携・協同を願う」

→ 連携・協同しても、行政は市民の意見に従う義務はない。市民の思いを行政に反映させるために、

教委・行政を動かせるのは政治家だ。

 

従来の市民団体の手法は

市民 → 行政(学校・教委)

だが、これを

市民 → 政治家 → 行政(学校・教委)

に改めることで教育が変わるだろう。

 

私が思うに、今でも多くの人たちが、政治家よりも官僚を信頼しており、選挙の時以外、政治家などと話をしようと思っていない。それが理由からか、県内には官僚出身の議員・首長がとても多く、何事も現状維持という傾向がある。そういえば、私たちは市役所・県庁に勤めたがる若者を肯定し、「政治家になる」という若者を何とか思いとどまらせようとする。しかし、その風潮を変えていかなければ人々は幸せな社会を作っていけない。

 

学校で不登校生が続出するのは、政治家と市民団体の間で十分な意見交換できていないからである。

政治家は選挙前はとりわけ市民の話を聞こうとする。

しかし、残念ながら知事選、県議選、福井市議選は終わってしまった。

12月には福井市長選がある。不登校関連の市民団体は福井市長候補にその思いをぶつけるべきだ。