【官僚では責任が取れない】教育の最終責任者は、首長にすべき

現在の教育委員会制度

 

数年前に起きた池田町中2自殺事件について再考してみる。

福井新聞の記事を読み返してみても、学校、校長、担任・副担任、そして教育委員会、教育長の責任を問う声ばかりで、政治家(特に首長)の責任を問う記述は見られなかった。どこかにあるのかもしれないが、事件が起きると、メディアや親は、だいたいいつも教委か学校現場の人間を責任者としてやり玉に挙げている。

 

しかし、民主主義の制度下において、そもそも選挙で選ばれていない人物が、責任など取れるのか。

選挙で選ばれる政治家に最終責任を負わせるようにしたほうが、わかりやすいし民主的な統制が取れる。

なぜ、このような複雑なシステムになっているのか。

 

それは戦後に作られた「教育の中立性を確保する」という建前があるからだ。

つまり政治家の思想(共産主義、全体主義など)が反映されないようなシステムになっている・・・はずだ。

しかし、教育委員会の委員や教育長も首長の任命なのだから、教育の中立性なども怪しいものだ。むしろ、教育の中立性というタテマエが、首長による責任回避を正当化しているのではないか?などと私は勘ぐってします。

 

2011年に起きた滋賀県大津市のいじめ事件をきっかけに、旧教育委員会制度が機能していないことが明るみになった。現在、総合教育会議なども新設され、首長の影響力はかなり強まっている。言い換えれば、教育の中立性云々という建前は形骸化しつつあるということだ。ならば一層のこと首長に最終責任を持たせたほうが良い。

 

首長が教育行政に介入できる事例

 

● 総合教育会議の座長を務め、首長の意見を強く教育委員会に主張できる。

● 首長が、教育長と教育委員を任命する人事権を持つ。

● 首長が、教育委員会の進める政策に反対の時は予算を執行しない権限を持つ。

 

この記事を書いている間に、岐阜の中3女子がいじめで自殺した。

今後も教育委員会・教育長と首長の責任について考えていく。