【間違った教育文化】児童・生徒は「勉強する機械」ではない

福井新聞2019年7月17日

 

よく不登校の特集を組んでいる福井新聞。学校を批判する記事を書く比率は高い。

自分が政治家として何に関心を持っているか、何に取り組むべきかを確認するためにも、ブログを書く意味は大いにあると思っている。

 

日本の教育はこれまで、成績を上げるために「ほめそやす」「叱責するか、恥をかかせる」の2パターンで子供に対峙してきた。いわゆる「優等生」に対しては、ほめそやし他の子供たちに優越感を持たせ、成績の低い子供たちに対しては、大人は手のひらを返すように容赦なく叩いてきた(人が多い)。学びを楽しいと思ってもらわなければ、私ははっきり言って意味がないと思う。優等生であっても、〇〇君に勝つために成績を上げる…であってはならない。それは不健全な勉学への動機だと思う。

 

私たち日本人の多くが受けてきた教育は点数至上主義なのだ。僕もそのような環境で育ってしまった。

 

10代の自殺の最大の原因が「学業不振」である。成績表など、たかが紙切れ一枚なのに。

紙切れ一枚のために全国で子供たちが命を落としているのだ。教育の敗北と言わざるを得ない。
日本のスポ根文化も同様、我々は間違った教育文化の中にいる。そしてそれが数字で表れているのだ。

数字は嘘つかない。

 

私たち有権者は学校や教育委員会を変えられない。しかし、政治家は変えられる。

政治家を変えれば、教育委員会が変わる。

 

日本の教育を変えていこう。