【夏休みの宿題】教育委員会に、僕がたくさん宿題を出してみようか

← 朝日新聞2019年8月5日 朝刊より

 

夏休みの宿題は、百害あって一利なし、である。

宿題や課題はやりたい人がやればよい。

夏休みはキャンプや海外旅行、家族団らんの時間である。

 

これだけの量を夏休み中にこなそうとすると、毎日宿題のことを気にかけて夏休みを過ごさなければならない。これはおかしい。

 

インターナショナルスクールは宿題がない。うん、知ってる。

 

インターナショナルスクールはいわゆる文部省管轄外のいわゆる「フリースクール」。所詮金持ちしか行けないし、地方の田舎は私立学校そのものが存在しない。横並びの教委を変えて、公立学校を改革しなければいけないのだ。

 

市議会議員は議会の構成員として、行政側に資料の提出を依頼することができる。僕が大量の資料を大野市教育委員会に依頼してみようか、「秋休みの宿題」とでも題して。そうすれば教委も大量の宿題をこなす子供たちの気持ちが分かるだろう。

 

日本人は保守的、行政・教委は保守的、などと記事には書かれているが、ナンセンス。

子供たちのことを心から思っている政治家がいないだけのことなのだ。(子供は票もってないしね)

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夏休みの宿題、無理ゲーすぎる 終わらない悩みどう解消

2019年8月5日朝日新聞

 

子どもたちにとって待ちに待った夏休み……に影を落とすのが、学校の宿題。8月末に「終わらない!」と家族総出で手伝うことになった経験、ありませんか。中には「これって必要?」と首をかしげたくなるような宿題もあったりして……。

 筆者(35)の職場の先輩ママは最近、憂鬱そうだ。理由は夏休み前に小6の娘が持ち帰ってきたプリント。B4の紙が、宿題の項目とその説明で埋まっている。

 読書感想文、計算・漢字ドリル、自由研究、家庭科プリント……中には「社会を明るくする運動・作文コンテスト」(原稿用紙3~5枚)なんてものも。「去年は東京五輪のキャラクターを使って絵を描く、っていうのもあった。なんの意味があるのか」

 筆者が子どもの頃も日記やドリルは出ていたが、ここまで大変だった記憶はない。宿題を終わらせるだけで夏休みが終わってしまいそうだ。

夏休み、宿題ゼロの学校では

 教育の未来に関するイベントなどを主催する一般社団法人「Future

 Edu(フューチャー・エデュ)」代表理事の竹村詠美さんは、中学生と小学生の2人の子どもがインターナショナルスクールに通う。以前通っていた都内の小学校での夏休みと過ごし方と全く違うという。

 小学校の宿題は計画的にやらないと終わらない量だったといい、「まじめにやろうとすると、夏休み中は宿題のことばかり考えなくてはならなかった」と振り返る。生活習慣の目標を立てて、達成できたかどうかを毎日チェックするという課題もあった。

 一方、インターナショナルスクール夏休みは約2カ月半あるが、宿題はゼロ。この夏、竹村さんの子どもたちは作曲やテニスなど、それぞれが興味のある分野に取り組んでいるという。夏休みをどう過ごすか、親が考える手間はかかるものの、「決められたものをこなすより、自分でやりたいと決めたことができるので子どもたちも楽しそうです」と話す。子どもたちは学期中は忙しいため、「夏休みはゆっくり深い学びができる数少ないチャンス」と考えているという。

宿題、廃止したかったけど

 文部科学省によると、学習指導要領では、長期休暇中の宿題について特に触れられていないという。担当者は「宿題の有無やどんな宿題を出すかは、各学校や教育委員会の裁量による」と話す。

 「夏休み中に限らず、もはや宿題という考え方は時代遅れ」と話すのは、東京都小金井市立前原小学校の前校長、松田孝さん(59)。在職中はタブレット端末などを活用したICT教育に力を入れ、今春、こうした新しい学びの普及・支援に力を注ごうと、退職して会社を立ち上げた。

 「これまでは学校を学びの『主』、家庭を『従』と位置づけ、学校の勉強を補完するために宿題が出されてきたが、今やネットで何でも調べられる時代。先生が一律に『やれ』と言い、子どもが試験で記憶力を競う時代は終わった。教師は選択肢を示し、子どもは家で自由に学び、必要な力を身につけるべきだ」とする。

 とはいえ、自身の校長時代に「宿題全廃」を提案したことはなかった。親、教師、地域活動をしている人、地方議員、教育委員会など学校には利害関係者が多い。「多くが保守的で前例踏襲主義。前と違うことをやろうとすると反発を受けてつぶされる。だったらICT教育など、優先順位の高いことに取り組もうと思った」と話す。過去に別の学校で運動会を春から秋に変えようとして、親や教師の猛反発を受けたことも念頭にあったという。

 「秋に皆でバーベキューをやるからその野菜を春から育てようとか、強制ではなく子どもが自発的にやるなら意味がある」。子どもを裁判の傍聴に連れて行ったり、山手線を一緒に一周してみたり、体験させたいことをやらせてみるのがお勧めだという。「宿題をやるやらないというのは表面的な事柄。学校とは何なのか、どういう学びが求められるのかという本質的な問題が背後にある」と話す。

無意味ではない、でも…

 小野田正利・大阪大大学院教授(教育制度学)は「2学期に向けて生活リズムを崩さないようにする意味はある」と指摘する。夏休みの宿題は普段の宿題と違って、自由研究読書感想文など「やっつけ仕事では終わらないものがあるので大変と感じてしまう」。せめて自由研究か感想文か、子どもの得意な方を選ぶ形にすれば負担は減る。自治体によっては夏休み期間が短縮されたり、中学受験のために夏休みも塾に通う子が増えたりしていることも、宿題を負担に感じる一因になっているという。

 絵画や作文など、コンテストへの作品作りについては「教委や学校の配慮が必要」とする。学校にはこうした応募の依頼が外部からたくさんくるという。中央教育審議会では1998年、こうした「持ち込み行事」について、一部の学校に過重な負担がかからないよう教委などが調整することを求めている。

 小野田教授は「こうしたコンテストの数は一昔前に比べると多くなっていると感じる。子どもにとっては表彰されることが自信になることもあると思うが、学校がこういった持ち込み行事の受け入れを取捨選択することも重要だ」とする。

 小野田教授は「宿題を完璧なレベルに持っていこうと思わないこと」と助言する。「親も子も、ほどほどに、最低これくらいやっておけば良いという心構えが大切。宿題のせいで新学期が子どものストレスになっては意味がない」(日高奈緒、石山英明)