教育委員会では事件の責任を取れない。官僚の仕事は人々の意見に耳を傾けることではない。

教育委員会やそのトップの教育長は、選挙で責任を取ることがない。だから、仮に学校でどんな悲惨な事件が起きても、教委は努力はするだろうが、最終的な責任を負うことはない。裁判で遺族などから訴えられるのは、自治体及びその長である首長である。

 

いろんな事件が起きるたびに、教育行政を統括する教育長などがカメラの前で頭を下げているが、大体頭を下げて終わりだろう。事件の責任を取って、辞任とか懲戒免職とか、そういったことにはならないのが普通だ。

 

多くの人はまだ教育官僚(教師、校長、教育委員会、教育長)に信頼を置いている。彼らの多くは(多くの政治家と比べ)、非常に礼儀正しく、まじめで、人当たりも良い。しかしながら、彼らの本来の仕事は人々の悩みや要望を聞くことではない。聞くふりはするだろうが。そもそもそれは、選挙で選ばれる政治家の仕事なのである。だから官僚は政治家の言うことを聞かなければならないのであり、政治家が決めたルールを忠実に正確にこなし、行政を遂行することが求められている。忘れてはならないのは、官僚は住民の代表ではなく、政治家が住民の代表ということである。ここを理解しないと、教委に失望した生徒やその遺族のように「裏切られた!」となってしまうわけである。

 

教育長を含む官僚は、責任を取れなくて当然なのである。

政治家が教育行政における最終的な責任を持つのが民主社会での基本的なルール。

これを政治家も有権者も忘れてはいけない。