【悪名は無名に勝る?】爆サイはそこそこ使える

爆サイという、いわゆる2チャンネル的な「匿名ゴシップサイト」がある。僕も選挙中いろいろ書かれたが、便所の落書きに過ぎないと思い馬鹿にしていた。先日近所の人に爆サイを見て僕がちゃんと仕事をしているのが分かる、と言われたので、久しぶりに見てみた。興味深い批判がいくつか散見されたので、自分の感想をここで書いておく。

 

ダニエル議員への批判①:娘を連れて、平日の昼間っから外を散歩している。

つまりサボっているからケシカランという意味である。しかし、仕事というのは9時~5時で椅子に座っているのが仕事ではない。政治家というのは、あらゆることが仕事になる。よ中に家でブログや動画を作ることも、朝早くコンビニ前で演説すること、真昼間から近所のおばちゃんと子育てや景気のことについて話をすることも、全て政治家の仕事になる。事実、5か月になる娘を喫茶店に連れていくと、ものすごく喜んでくれる人たちがいる。事実、仕事をいったん中断してまで娘を抱きたがる人も少なくない。僕の演説を聞くより、赤ちゃんと遊ぶほうが多くの有権者にとって楽しいことのようだ。これが現実である。

 また、市役所内には「子育て支援センター」という、子供を遊ばせる施設があり、多くの親子にとって非常に有益な場所となっている。ここを更に改善していくにはどうするか、自ら利用者として考えられる。未就学児の子供を持つ大野市議は私だけだからだ。そして、家から歩いていける距離なので、ベビーカーを押して市役所まで行くことは私にとって茶飯事である。その足で議会事務局に行くこともある。

 議員はあらゆることが仕事になりうる。逆に一日中寝ていても4年間は、99.9%身分が安泰なのである。逆に、いろんな既得権益層を刺激する発言をするほうが身分が危うくなるのは確か。だが、真の(特に維新の)政治家とはそういう人を指すと思う。

 ということで、娘を連れて昼間っから散歩をするのは、今後も続けていきたい。というか、更に頻度を増やしたいと思っている。イクメンは楽しいな♬

 

ダニエル議員の反省度0%

 

 

ダニエル議員への批判②:名水マラソンに出ないで、台湾に行った。

5月の下旬だったか名水マラソンがあった時期に、ちょうど台湾に行くことになった。昔6年近く住んでいた台湾で、現地の人たちに大野市を知ってもらおうと5年ぶりに台湾に5日間ほど滞在した。我ながら素晴らしい行動だったと思う。名水マラソンに来賓?ライヒン?として参加したところで一体何の役に立てただろう?あんなの、ただ立っているだけではないか。他の議員から「名水マラソンは公務だから参加は義務だ」と言われ、慌てて電話で議会事務局に確認したところ、「別に台湾に行ってもいいですよ。公務ではないですから。」とのこと。ということで、マンゴー・ライチ・ドラゴンフルーツの輝く5月の台湾へ意気揚々と渡航した。しっかりと、台湾の大学で大野市に関するプレゼンテーションもしてきた。写真はブログにアップしたと思う

 

ダニエル議員の反省度0%

 

 

ダニエル議員への批判③:先輩議員の言うことを聞かない。

いえ、そんな。ちゃんと聞いています。(笑)ただ、従うかどうかは私が主体的に判断しているだけです。

 

おそらく、会派に入らずに1人で好き勝手に議員活動をしていると思われているのだろうが、会派に入らないことで発言や活動が自由になる利点もある。後、僕は他の議員さんたちと一緒に弁当を食べない。別に他の議員さんのことが嫌いというわけではなく、お昼ご飯を食べると眠たくなるから。議会で寝てしまうと、僕の席はカメラに写ってしまうので、居眠りは極力したくない。眠くなることは確かにしょっちゅうあるのだが。

 

ダニエル議員の反省度0%

 

 

ダニエル議員への批判④:3月に一般質問で不穏当発言をしたので、先輩議員のチェックが入る。

とある介護施設関係者の投稿かな? 全ての議員の一般質問は議長に一度集められる。6月の一般質問で質問を10問提出した私は、議長に呼び出され「2~3問にしてください」と言われ急遽2つに質問を絞ったことがあった。あと、投票所の件は複数の議員さんが触れてほしくなかった案件なので、自主的に取り下げ、教育関連の質問に集中することにした。1時間の一般質問と言えど、多くの質問はできない。そして、質問したところで、はぐらかされたり、曖昧な答弁をされて終わることがほとんどである。ということで、会派に入っても入らなくても議長のチェックが入るということ。

 

ダニエル議員の反省度10%

 

 

意外と「爆サイ」が自分を名前や活動のPRに使えるので、なかなか面白いと思った。忙しいので、そんなサイトを頻繁には見れないが、一部の有権者が私の名前を時折出してくれているので、そこそこ利用価値はあると今になって感じている。