政治家はなぜ馬鹿っぽく見えるのか? 答:選挙を通らないといけないから

もし選挙を経ずに政治家になれるとしたら、かなり多くの人が政治家になろうとするだろう。選挙に勝つには、映画「清須会議」のような秀吉のように、目立たないと駄目である。どんなに頭が良くても、政治家になるには選挙に勝つ必要があり、選挙では頭の良さが却って仇となることもある。有権者の多くは小理屈を並べる理論家は嫌いだからだ。黒田官兵衛みたいな人は、軍師(参謀)がぴったりだ、民主主義国家の政治家には向かない。

 

インテリ層や市民運動家は選挙が嫌いだ。インテリ層は自分より無知な人に頭を下げるのが苦手。市民運動家は違う意見の人たちと話をしたくない。また、一般市民にとって選挙は何かと怖いものである。今の安定した仕事を辞めないといけなかったり、親戚家族その他インテリ系の友人知人が、選挙に出る自分を妨害してくる。選挙にはカネがかかると思われている(実際はそんなにお金をかけなくてもいいのだが)。選挙にまつわる法律も不慣れなうちは怖いものだ。公職選挙法も政治資金規正法も結構いい加減なところがあって、白黒つけられないケースもあるからだ。

 

…ということで、もろもろのことを考えると、選挙に出て政治家になろうとする人は限られてくる。まだまだ政治家を目指す人は少ないのが現状だ。どうだろうか、今の若い人にとって政治家を目指すことはダサくて恥ずかしいことなのだろうか。僕が街頭演説している姿を見て、若い人の多くは「政治家は変わり者のやる仕事」と思っているんだろうな。

 

しかし、選挙を一部の人たちだけに独占させてしまうと、日本全国の政治が淀んだ川のように濁ってしまう。大野市の政治がまさにそうだった。政策通で何でもよく知っている人は大野にも結構いる。だが、大野の政治は停滞し続けた。その結果が今の大野市だと思う。

 

選挙のハードルを下げて、ちょっと政治に興味のある人でも立候補できるような環境を作っていかなければならない。そのために選挙を経験した先輩議員や政党が役割を果たすべきなのだ。