多くの人は気づいていないが、日本の学校生活は、実は悲惨である

…ということに多くの人が気が付いていないのがもっと悲惨なのだが。

 

別に日本の子供たちがご飯が食べられないとか、死亡率が高いとか、労働に駆り立てられている、というわけではない。他の意味で学校生活が悲惨なのだ。

 

教育において、多くの日本人が当たり前と思っていることが、実は自分たちを不幸にしていることに気が付いていない。

 

● 夏休み・冬休みに宿題や部活、テストやイベントが山のようにあること

● 学校に拘束される時間が極端に長いこと

● 拘束時間の長い学校の後、塾に行く習慣があること

● (福井県では特に)テストが多いこと

● 偏差値の高い学校に行くことが至上命題と信じる人が多いこと

● 教師は一日12時間働くのが当たり前と思っている人が多いこと

● 理解不能な校則が多いこと(校則が適切かどうか、議論する場がない←教師は「官僚」なので前例を守らないといけない + 知事や市長など、政治家による教育への介入は限られている)

 

夏休みの宿題廃止という考えが、多くの有権者に理解されていないのは当然である。夏休みの宿題が学力を支えるという、その根拠は誰も示すことができない。これは日本の教育文化であるために、あって当然なものだと思われている。

 

しかしながら、私は長い期間海外にいた。欧米人や他のアジア人が教育や学びについてどう捉えているか、ある程度は分かっている。一般的に日本を含めた儒教文化圏(中韓台)はテスト至上主義であり、塾産業も商売としてしっかりと成り立っている。テストも塾もあってよいが、ものは程度というものがある。

 

夏休みの宿題がなくなったら、どれだけの子供たちが救われるだろうか。アルバイトや野外体験、海外旅行、家族との団欒、楽器の演奏等、勉強以外の色んな活動に従事でき、人間的に成長できるのに。

 

市議の仕事からは離れるが、少なくともうちの娘だけは、そういった間違った教育文化から守っていきたい。

うちの娘が小学校に入る前に、夏休みの宿題を廃止に追い込みたいのだ。

勝手に変えるな!とお叱りを受けるのは、重々承知している。しかし、この政策をひっこめるようであれば、僕が政治家をする理由がほぼなくなってしまう。夏休みに勉強したい子(&させたい親)は、自ら本屋へ行ってワークでも買ってくれば良い。1000円もあれば良いワークが買える。数学や英語が好きな子供は、学校の進度を無視して、どんどん進めばよい。英検・数検など、検定試験でも受けて合格すれば自信につながるだろう。要は、学校が与えてくれるものに疑問を抱かない国民の多さが問題なのである。学ぶ内容を自分で決めてはダメなのか?今日の学校など、そもそも問題だらけの組織である。警察、消防、自衛隊、自治体役所など他の公務員組織の中でも、最も問題を起こしやすい組織ではないか。そして教育委員会は民主的統制が弱く、選挙で選ばれた首長が口出ししにくいシステムになっている。

 

現在の福井県をみていると、これまでのやり方を守ろうとする官僚的な人間が多すぎる。前例を守る人材はもう十分すぎるほどいる。今必要とされているのは、前例を壊し、新しいものに変えていく政治家的な人間だ。

とはいえケンチジもシチョーも元官僚の福井県。私は停滞ムードから脱却できない理由はここにあると考えている。