【罵声も暴力】なぜ「怒鳴って叱る」ことが間違いなのか

一昨日の一般質問の最後の項目となった「学校における教師の叱責」に関する質問が、複数の議員の間で反響を呼んだようだ。ある賛成議員からは「本当にそうだと思います」、また別の反対議員からは「それは一般質問で聞くことなのか?」と議会で質問すること自体を疑問視。このブログの場を借りて、学校であるなしに関わらず大声で怒鳴って叱責することがなぜ間違いなのか、を説明していきたい。情報発信のために最近動画を多用しているが、ブログは動画と違い、修正や削除、加筆が容易なので、じっくり説明したい時には重宝する。

 

(要旨)

● 縦社会が問題を引き起こす

● 人は相手を見下している時、罵声を浴びせる

● 罵声は集団の構成員を委縮させる

● 罵声を使わなくてもいいよう、学校でルールを作るべき

● 子供の問題行動を起こすとき、罵声では解決できない根本の原因があるはず

 

 

日本は欧米に比べ縦社会がキツイ社会だろう。少しずつそれが変わっては来ているが、先輩・後輩関係などはまだまだ健全だ。しかし一般的に縦社会の強いピラミッド型組織は、イジメやパワハラが起こりやすい環境にある。体育会系の人間なら体罰容認派は今でも結構いるのではないか。なるほどスポーツにまつわる体罰・パワハラ事件が後を絶たないのもうなずける。その他、軍隊、学校なども厳しい序列があり、そもそも事件が起きやすい体質を備えている。私の所属する市議会は、軍隊や学校ほどではないものの、当選回数順によるゆるーい序列が存在し、実際1期生で最も年の若い私も先輩議員に怒鳴られたことがある。

  学校ではさすがに往復びんたのような身体を傷つける懲戒は(なくなったわけではないだろうが)少なくなった。しかし、教師が大声をだして児童・生徒に言うことを聞かせることは、表面上の効果があるのでなくなってはいない。問題は、果たしてこれが教育上の効果があるかどうかだ。学校で罵声を伴う叱責があると、叱られた子供のみならず、周りにいる叱られていない子供も委縮する。そして子供によって差はあるが精神的ダメージは大きい。表面上は教師の言うことに従ったふりをしても、心の中では大きな屈辱感に苛まされることになるだろう。人生の先輩である教師との人間関係はここで一気に壊れる。

  そして大人から怒鳴られて育った子供は、歳を取るにつれて年下の者を「怒鳴って」言うことを聞かせることを学ぶ。日本でいうところの「先輩の言うことを聞きなさい」というのは往々にして「先輩の言うことに従いなさい」という解釈がなされている。人の言うことを聞くというのは従うことではない。学校だけでなく、家庭の中でも、配偶者や子供に罵声を浴びせているところはまだまだ少なくないはずだ。会社でも同様。よくニュースでパワハラやDVが事件として扱われるが、こんなことが起こるのは私たちの多くが相手を怒鳴って主張を通すことを学校で学んでしまっているからだ。罵声も暴力と解釈すべき時代に来ているのだと思う。

  特に教師というのは教育のプロであり、子供とコミュニケーションを取ることに長けているはずだ。しかし、実際の教育現場では怒鳴る行為が今でも、そして当然大野市でも横行している。理由は簡単。安易で楽だから。しかしその古典的な手法も、日本各地で傷害、自殺事件、不登校を引き起こしている。学校における指導の方法を変えなければならないのだ。

  我々、特に日本人が思い出さなければならないのは「人は皆(年齢、人種、性別にかかわらず)平等」ということ。民主社会は全ての人が平等という原則の元に成り立っている。その反対に独裁国家は「特定の人物やグループが偉い」のである。腐敗しやすいのはどちらだろうか。いろいろ問題はあるものの日本が旧ソ連、中国、北朝鮮より良い国なのは、民主政治が根付いているからである。しかし学校や軍隊、スポーツ団体等ピラミッド型組織の強い組織は日本でも何かとよく事件を起こす。これらの組織では「独裁者」に取り入るために、足の引っ張り合いや密告が相次ぎ、組織の構成員の間で信頼関係はなくなる傾向がある。これは全てリーダー格の人間(学校では教師)が罵声を含めた暴力で他者を威嚇し従わせているからに他ならない。年長者を敬うのは当然だが、同じように若輩者も同じく尊敬に値する存在なのである。ここが分かっていない教師は怒鳴って問題を解決しようとするだろう。

 予想される反論は、明らかな問題行動を起こす子供がいたらどう対処すればよいのか、ということである。子供が他の子供に危害を加えている場合などがそうだろう。答えは簡単だ。我々が住む民主社会と同様に、ルールを作れば良いのである。教員だけでなく、生徒も交えてルールを作れば良い。いじめをしたら「校長室に連れていかれ、校長の責任においてペナルティーを科される」等など。当然親にも連絡がいく。

 ただし、学校で子供が問題行動を起こす際、必ずその背景となる理由が存在し、それを解決しなければ本当に子供たちを救うことにはならない。孤独、親から愛されていない、虐待を受けている、勉強が分からないか興味が持てない、ゲーム・スマホ中毒、悪友の存在など、決して我々の住む社会は子供たちにとって安心安全とは言えないのだ。これらの原因が「怒鳴って」取り除かれるとは思えないし、逆に火に油を注ぐ結果になりかねない。