【脱エリート支配の政治】SDGsは何故広がらないのか?

答. タイトルからして非常にわかりにくい。いかにも政治エリートが作り上げた言葉に聞こえるから。

 

最近、あちこちでSDGs(持続可能な開発目標)という言葉をよく聞く。大野市も推進しているし、以前青年会議所でもSDGsに関するイベントを開催していた。地方議員でも積極的にSDGsを推進している人を見かける。

 

SDGsと聞いて、一体どれだけの市民がその内容を理解できるだろうか。恐らく「地球環境を守りましょう、人権を守りましょう」といいたいのだろうが、おそらくかなり長い説明を聞かなければSDGsの内容を知ることはできないだろう。いかにも国連が提唱した言葉だからか、非常にエリート臭のする言葉に聞こえる。政治エリートは、簡単なことも故意に難しく語る習性があるようだ。政治の世界ではわざと難しくすることによって、肝心なことを民衆に悟られないようにする効果も期待できる。政府が消費税をあえて8%と10%に分けたのもそれである。政治家が難しいことを言い出した時は気を付けてほしい。

 

僕が、地球環境を守るために何か運動するとしたら、難しいことを言わずに、

「レジ袋を廃止しましょう」

など簡潔で分かりやすいフレーズを掲げる。社会を変えるためには、多くの人の合意を得なければならないからだ。いちいち説明が必要な造語では、多くの人は即座に理解ができない。

 

今世界中で「エリート支配」に対する反感が巻き起こっている。高学歴インテリの政治指導者が提唱することに対する不信感がこれまでにないくらい高まっているのだ。トランプ当選しかり、イギリスEU離脱しかり、欧州でも反EUの新興政党が台頭している。これらは各国のエリートたちに対する民衆の反乱だと私は考えている。

 

大野でも同じような流れだ。自民党率いる政治エリートの集団がこれまで県政・市政・町政を動かしてきたが、決して一般市民の多くがその体制を支持しているわけではない。「なんであんな奴が4選もするんだ…他にいないのか??」みたいな声は多くの人から聞かれるはずだ。しかし今のところ、そのエリート集団を凌駕する勢力は福井県には存在しないので、いつも同じ顔ぶれが選挙に当選する。

 

日本でも今後トランプやボリス・ジョンソンのような、分かりやすい政策を正面からぶつけてくる政治家が有権者の心をつかんでいくだろう。既存の政治エリートに任せていては税金が上がり続け、貧富の差は広がるばかりであることを多くの民衆は既に察知しているからである。

故にSDGsのような言葉では、民衆の共感は得られない。いずれにせよエリート主導の政治では早晩行き詰まる。大野市でも12月議会でそれが如実に現れた。市長+市教委という政治エリートの集団肝いりの「乾側小学校耐震対策案」が議会で否決された。実際、否決したのは議会だが、私はこの市教委案を葬った最大の立役者は市民だったと思っている。