【池田中学校の指導死事件】生徒に罵声を浴びせること自体が問題

ダニエルよしもとの問題はそこじゃないシリーズ Vol.2 生徒に罵声を浴びせること自体が問題

 

2017年池田中学校で教師に大声で怒鳴られ、それを苦に生徒が自殺してしまった事件。罵声を浴びせた教師は担任と副担任で、一旦不起訴になったものの検察審査会の再審査で「不起訴は不当」という判断が出た。福井新聞の記事を読んでいると、事実が淡々と描かれているだけで、焦点が担任・副担任、そして教委の責任論に終始している気がする。しかし、問題の大元はそこにはない。問題の根本は「罵声を浴びせることが容認されていること」にある。

 

今の教員をしている人は、罵声はおろか体罰さえ容認されていた教育を受けた人たちだ。もちろん私も教員ではないが例外ではない。そのため自分より若い人や立場が下の人に、怒鳴って言うことを聞かせることが有効であり、かつ社会的に認められる手法であると信じて教壇に立っているのだ。指導に罵声は必要ないし、罵声を用いることで生徒が極度に萎縮したり、正常な思考の妨げになってしまったりする。

 

そもそも生徒が問題を起こしたり、ルールを破った場合はどうするのか。人に危害を加えたりする生徒もいることは確かである。破ったルールや再犯回数を考慮し校長の責任で処分すればよいだけのことだ。今の学校の常識では担任が全てを抱え込んでいるような気がする。そしてこういった状況を管理しきれていない教育委員会制度にも問題がある。だから、同じような自殺事件や不登校・引きこもりが後を絶たないのである。

 

福井新聞と各自治体の教育委員会は、罵声を浴びせることも教育上不適切であることを認識し表明すべきだ。