【みこしダンスパフォーマンス】今年は、ない

「みこしダンスパフォーマンス」というイベントが毎年夏に行われていた。大野市の中学生全員と、教員がその準備に駆り出されていたのを知った僕は、このイベントについて去年から批判していた。教員・中学生共に夏休み中の負担が増えるからである。しかも、猛暑の中でやらされる上に、練習に十分時間を割けているとは言い難く、果たしてこれはやる価値のあるイベントなのか本当に理解に苦しんだ。中でも最も滑稽なのは、教委もメディアも「素晴らしいイベントだった」と言い張ることであった。

 

その「みこしダンスパフォーマンス」のための予算は、今年度計上されていない。ということは、やらない、ということである。議会がどうしてもやってくれ、と主張するなら教委も考えるだろうが、99,999%ない。

 

市議会議員としての最も重要な仕事、それは行政の監視。行政というのは国民が納めた税金を使って民間企業ができないサービスを提供することである。しかし、税金の使い方や費用対効果が適正なのかどうか常にチェックされなければならない。消費者のニーズに合わない商売をすると自然に淘汰される民間企業と違い、行政には黙っていても「税収」というお金が入ってくる。賢く使っても無駄に使っても行政は機能し続けるのだ。

 

12月議会の乾側小学校耐震対策、水のがっこう、そして3月に一般質問で取り上げる まちなか循環バスの例を見ても分かるように、大野市でも行政が費用対効果をかなり無視して税金を投入していることは往々にしてある。市職員は優秀だが、一般市民の民意をくみ取ることはできないし、それはそもそも行政職員の仕事ではない。黒澤明監督の映画「生きる」でも分かるように、行政ができることはせいぜい市民の苦情を「聞き置く」ぐらいであり、それ以前に決まったことを正確に実行することこそ行政職員の役割である。民意を代弁するのは我々政治家の仕事であり、議会で堂々と住民の思いを語るべきなのだ。

 

みこしダンスパフォーマンスの話に戻る。このイベントがなくなって何人の市民が怒るだろうか。

市役所に苦情の電話をかけてくる市民は何人いるだろう。このイベントはなくても誰も困らないわけである。

 

市民が望んでもいないようなことを、あたかも必要だと言い張って税金を無駄にしてしまう…これは国・地方共によくあることだ。そういった状況に陥らないためにも、議員というのは必要であり、税金で政治家たちを養うのである。