【石山市政2年】言葉が、足りない

石山市政が始まってから2年たとうとしている。首長・議員の任期は4年だから折り返し地点ということになる。「新しい風を吹かせる」と鳴り物入りで就任した北陸初の女性市長は今何を考え、残りの任期の2年間で何を目指そうとしているのか。石山市政の問題は、それがイマイチ見えてこないのだ。いや、実際議会で市長は市政の方針について語ってはいる。しかし、なぜかそれが伝わってこない。おそらく一般の市民も同じ思いだろう。原因は、石山市長自ら発する言葉が足りないからである。

 

昨年2月に議員になった私は、市長と議員18人があらゆる施策について協議する全員協議会という場に参加できるようになった。この会議は非公開なので一般の住民が傍聴することはできない。実は、毎回この会議で市長は5分ぐらいいて挨拶などをした後、副市長と行政職員に後を任せて去って行ってしまうのである。

 

市のトップが方針や政策を語れば、当然反発や批判は出てくるだろう。しかし民主政治というのはそういうプロセスを経て良い案を作り上げていくものである。私も当然、批判にさらされる立場で、それを政治家と呼ぶのではないか。政治家のもらう高額の給料は、いわば批判にさらされる対価のようなものだと私は考えている。当然首長は1議員に比べ批判の的になる回数は多い。

 

政治家が紙をみながら方針や自分の思いを読み上げて、それで受け手・聞き手が理解することはあり得ない。何百回、何千回繰り返し発言して初めて、政治家のやりたいことを少し理解してもらえるものだと思う。それを面倒だ、と思う政治家は役所や議会の密室の数合わせで物事を決めようとする。そちらのほうが楽だからだ。

 

大野を元気にします、子育て支援や福祉に力を入れます…だけでは停滞著しい大野市を活性化させることは不可能だ。他の自治体では到底やってもいないことを政策として掲げ、メディアの注目を大々的に浴びるようなことをやっていくべきなのだ。しかし、これはお役人タイプの人間や優等生には荷が重いかもしれない。レールから外れたことはご法度の世界に長くいるとそうなる。

 

子育て支援、コロナ対策、福祉の充実などは当たり前の政策であり、既定路線である。行政が持つポテンシャルを存分に生かすには既定路線の政策だけでは不十分であり、他の自治体ではやっていないような何か新しい試みが必要となってくるだろう。

 

政治家によるリーダーシップは不可欠であり、市長部局から独立した教育委員会ですら、選挙で選ばれた政治家の監督が必要だと私は思っている。というか、これまで政治家の関与を排除し続けてきた教育行政こそ、全国的に最も問題を起こしてきたのでなかったか。

 

 

石山市長は議会で語り、議会の外でも更に語ることだ。40代の市長なのでSNSを十分使いこなせる世代のはず。石山市長の魂のこもった言葉を聞いてみたい。