大野市にインターナショナルスクールを作ろう

娘が生まれて1年2か月がたつ。この大野市で日米ハーフの子の子育てをしていると、最もよく聞かれる質問が、「この子は何語で育てているんですか?」というもの。私の答えは母親が英語で、祖父母と外の世界は日本語だ。これだけだと英語に触れる機会が少なくなるので、毎日30分の英語の動画を見せ、英語の絵本を読ませる。娘は英語の動画・本ともに大好きで、名実ともにバイリンガル教育を実践できていると思う。日本語や漢字の読み書きは日本の公立学校で十分教えてもらえるので、心配はしていないが、英語をモノにさせようとすると日本の学校では無理がある。

 

我が家の英語教育に対する市民の反応を見ると、自分が思ったよりも英語教育に対する関心は高い。私は当初福井市に比べ、大野市の大人は国際化や英語教育に対する思いは高くないのでは、と思っていたがどうやら私の見当違いだったようだ。大野市民の英語教育に対する関心は相当高い。

 

では、実際にどうやって子供の英語力を高めていけるか?行政ができることは何なのか?という問いが生じてくる。まず私たちが脱却すべき価値観は、学年ごとに子供たちを区切り、能力・関心を無視したクラス編成をやめること。英語を子供のころからしっかりと教えたい親と、従来型の学校教育を受けさせたい親が両方いると考えられる。学校はどのように運営されても全ての人を満足させることはできない。特に、地方・田舎は学校の選択肢が与えられていないので、適切な教育が受けられるかどうかは学校の裁量にゆだねられている。こういった非民主的なやり方を続けているから、こんな事件が起きてしまう。公立学校では犯罪を犯さない限り、教育に向いていない人でも辞めていくことはほとんどない。子供にとっても親にとっても、学校・教委にとっても旧来型の教育は袋小路に突き当たっている。地方の教育にももっと選択肢があっていい。

 

そこで私が提唱したいのが、大野市インターナショナル・スクール構想だ。これが法的に可能かどうかは正直知らない。しかし方針を示すのがそもそも政治家の仕事。その方針に従って、法的に可能な形で政策を遂行するのが教育委員会事務局であり行政職員の仕事だ。はじめから「やれない、できません、難しいです」というのは市職員のあるべき姿勢ではない。ただ、それも政治家の方針が不確かだとそうなってしまうのだが。

 

コロナ禍が起きて海外旅行もままならない今でも、多くの大野市民が英語教育に関心を持っている。その思いに大野市役所・教育委員会は応えてこなかった。せいぜいやってもALTの数を増やすことぐらいだろう。それでは「とりあえずやっておきました」的な仕事になる。議会としては、子供たちの英語力、特に発音や会話能力が十分高くなっているか検証する必要がある。

 

児童・生徒の英語力を高めるために、ここで役に立ってくるのが私のフリースクール体験だと考えている。大野市がフリースクールを作り、希望する親・子供に特別な英語教育を提供できる学校をつくってはどうだろうか。他の自治体が思いもつかないようなことをやらなければ、大野は発展していかないのではないか。政治家もいつまでも、お題目のように「〇〇を元気にします」的な、ありきたりの政策ばかり掲げていないで、もっとユニークな政策を掲げて選挙に臨んではどうかと思う。

 

フリースクール構想がなぜ重要かというと、各家庭で行きたい学校を選択できるようになるからである。少子化はこれからも進む。逆にこういった環境では1人1人に合った教育の在り方が求められていると思う。同じクラスになったら同じカリキュラム、同じ宿題、同じ難易度というのは、もう限界にきているのではないか。私の勤務する学習塾・英会話学校では、私自らマンツーマンで英語・数学・プログラミング・中国語を教えているが、生徒の興味や希望に合った教育が展開できている。民間の教育機関では、こういった指導をするには費用が掛かりすぎる。であれば公立学校でも各教科の習熟度に合わせて指導方法や教育内容を変えていくのが良いと思う。

 

こと英語教育に関しては、ものすごく熱心な家庭が一定数いるはずなので、幼稚園・小学校のころから教育指導要領を離れたカリキュラムを展開する公立インターナショナル・フリースクールが出来たらものすごく面白いのではないか、と思う。