【書評:新・台湾の主張】政治家は信仰を持つ必要がある

1999年に発行された現役総統時代の李登輝氏が著した「台湾の主張」に続いて、2015年に「新・台湾の主張」が出版された。2015年というと、著者の李登輝氏は既に92歳である。多くの人のサポートがあって本ができたのだろうが、ここまでエネルギッシュな知識人はそういないと思う。私も50年後、死んでなければこんなオジイチャンになりたいものだ。

 

1999年の「台湾の主張」は、現役の総統であったが故に、李登輝氏もかなり言葉を選んで本を書いたように思う。しかし16年後に書かれた「新・台湾の主張」では、これでもかというぐらい共産党一党独裁の中国と当時の総統であった馬英九氏を批判している。また、前著に比べ、李登輝氏自らの思想や政治に対する考え方が非常に分かりやすくなっているのが特徴だ。

 

李登輝氏が総統を退任した2000年から2008年まで、反中国の陳水扁氏が総統だったが、腐敗が続き彼の所属する民進党は選挙に負け、国民党に政権交代することになる。その後2016年まで台湾は親中派の国民党政権が総統・議会をコントロールしていたが故に、中国大陸との友好関係が殊更目立った時期だった。しかし、台湾の有権者の間ではこのままでは中国に飲み込まれるのではないか、という不安が日に日に増大していく。中台間の経済強化を目論んだ「サービス貿易協定」に怒った学生達が台湾の国会議事堂を占拠したのが2014年3月。私もその当時台湾に住んでいたのであり、そんな政治状況の中で書かれた本なのだ。

 

それに対し日本は、1990年代に比べ、中国や韓国に対する過度な贖罪意識からは脱却しはじめ、憲法改正、とくに第9条の改正を目指す安倍晋三氏が2012年総理大臣に就任した。東日本大震災が東北地方で起きた時、世界で1番支援をしてくれたのは台湾であったが故に、多くの日本人が台湾を応援するようになっていた。世論の変化を受けて、日本政府や外務省も90年代に比べ、台湾を蔑ろにしづらくなっていったのだ。しかし安倍政権念願の憲法改正に取り組む気配は2020年の今でも見られず今に至っている。李登輝氏は憲法が時代と共に変わることは、当然のことであると著書で述べている(p173)。日本が本当の意味で自立した国家になるには、やはり憲法の改正が必要なのだ。

 

とはいえ、一般の民衆に大所高所から憲法論を語っても、現実味を感じない。実際には市政のような身近な問題を1つ1つ解決していくことが大切なのであり、地方行政で不正や不公平が生じないよう政治改革を進めなければならないと、著者の李登輝氏は語っている。

 

私が今李登輝氏の著書をもう一度読み返してみようと思った理由は、自分が市議会議員になったのもあるのだが、李登輝氏の語る言葉に何か哲学的なもの、キリスト教を土台とした信仰に支えられているものがあると感じるからだ。優秀な政治家には能力や利害関係を超越した、何か「目に見えないもの」を重視する力が必要であると、李登輝氏は指摘する。彼自身キリスト教プロテスタントであり、自由・民主という価値観と弱者救済を何よりも重視している政治家である。能力や利害関係といった「目に見えるもの」しか信じない物質主義的な政治家は、

「経済的利益のために中国の言うことを聞いておこう」

「ここは権力を持っているあの人に気に入られる必要があるので、迎合しておこう」

という考えを持つにいたる。しかし、そのような姿勢では民衆のために大きな改革を断行することはできないのである。

 

李登輝氏は「指導者は常に信仰を持たねばならない。強い信仰がなければ、あらゆる問題に恐れをなし、それを突破することに対して躊躇する。指導者の信念を支える原動力は信仰に他ならない」と言い切る。(p162)

私も一応キリスト教徒で毎週教会に通ってはいるが、今自分の信仰も問われていると思う。李登輝氏が言うように、民主社会の指導者は、権力や特定の個人に囚われてはならず、悪質な金権政治の芽を摘み取っていかなければならないのだ。

 

日本、米国、オーストラリアといった自由主義諸国が、目先の経済的な利益につられ、自由・民主という価値観を売り渡してはならない。外交はそう甘いものではない、と反論されそうだが、米国の大統領と議会の関係を見ると面白いことに気づかされる。大統領は外交的成果を上げようと、時に独裁国家の中国・北朝鮮にも宥和的なメッセージを発することがあるが、米国議会は自由、民主といった基本的価値観を無視して事を進めることを許さない。ここら辺も米国式大統領制に似たシステムを採用する日本の地方議会は大いに参考にすべきだろう。首長を変えることはまず改革の第1歩だが、民衆の意見がしっかり反映されるような地方議会を作り上げていかなければ、首長は既得権益側にいつのまにか取り込まれてしまっているだろう。日本の首長についていうと、特に3期目あたりが危ない。多選を繰り返す日本の首長はまだまだ多い。そう考えると、アジア諸国の中でいち早く民主化した日本も、政治については未だ「途上国」だと言える。

 

日本でも台湾でも、これから政治的指導者が取り組むべき課題は多い。しかし、私はそれでも希望を見る。コロナウイルス対策で世界的に高い評価を得た蔡英文総統などが良い例だ。私が台湾に住んでいた時、彼女は馬英九前総統と2012年総統選を戦い落選している。政治家は、自由・民主を護るため常に戦い続けることが必要なのだ。