【聞きたくない真実】選ばれる政治家は、有権者のレベルを反映する

参議院議員 青山繁晴氏の「答えて、答えて、答える」を最近よく聞く。1つの動画が40分程度ということで、福井ー大野間を車で行き来する時間とだいたい同じくらい。

 

青山議員はジャーナリスト、シンクタンク出身で、全国的にも著名であったがゆえに参議院の比例で堂々と当選した。確か組織票ナシで2位だったと思う。自民党から出たのは安倍総理じきじきに依頼があったからだそうだ。その青山氏の発言で「選ばれる政治家は有権者のレベルを反映する」という辛辣な言葉があった。有権者の顔色をうかがう議員ではこんな発言はしないだろう。

 

確かにそうなのだ。しっかり時間をかけて政策を訴えてきた候補と、既得権益・組織票ズブズブの候補がいて、低投票率で後者が当選していたとしたら、それは政治家の質が悪いというより、選ぶ方の感覚もおかしくなっているのではないか、という問題提起である。

 

さらに輪をかけてタチが悪いのが、無投票と多選で、福井県ではお馴染みの光景である。誰でも無投票でリーダーが選ばれるのは良くないとわかっているのに、このような結果になってしまうのは、ひとえに有権者の多くが政治から離れてしまっているからだ。

 

言い換えれば、政治に積極的に参画しようとしてこなかった。自分がどうしても出れないのであれば、自分の知人・友人にこれは!という人がいたら支援すれば良いのである。市外にやり手の若者がいれば、立候補を依頼することも可能だ。なのに政治に不満を言うだけで、自ら行動しようとしない。これは政治に関心の高い、インテリ層や市民活動家も含まれる。

 

政治の動きが低調だと、質の悪い候補が出てきて選挙に当選してしまう。メディアや評論家は知ってか知らずか、政治家の質の低さを嘆くが、民主政治・普通選挙制度の下で、有権者の質以上の政治家が生まれることはまずない、という青山氏は指摘する。至極もっともである。広島の国会議員夫妻による買収事件などは、あれは長年行われてきたことで、多くの有権者や議員が黙認・是認してきたのではなかったか?メディアも単なる政治家批判に終始して、問題の根本を指摘しようとしない。指摘すれば波風が立ち批判の矛先が自分に向くから、やりたくないのである。故に出演者も安全なことしか言わなくなり、番組が退屈なものになっていく。

 

政治家は大局を見据えて発言し、目先の利益に右往左往するようであってはならない。…と誰でも分かってはいるのだが、どうしても私たちが選ぶ政治家を見ると、立派な人物のようには思えない、そう感じている有権者は多いのではないだろうか。市議会なんて税金の無駄!と公言する人は全国に少なくないはず。しかしそれは最終的には我々市民の知的水準とモラル、政治に対する関心の低さをモロに反映しているのだ。国民の多くがこぞって自分ファーストの考えをしていたら、当選する政治家も自分ファーストの権化になろう。

 

私が市議選に立候補した時、なぜか多くの人たちが難色を示したり、選挙に出る私を非難した。市議会・市議会議員に対する有権者の視線がこれほどまでに冷たいのか、と私は驚いたものだ。議会がショボイのは、ショボイ議会に対して何もしてこなかった人が大勢いるからであり、政治に対する消極性の表れだと言えよう。

 

塾講師をしていると朗らかで自信を持った子供の後ろには、素晴らしい親がいることが多いことが分かる。

同様に、良い政治家の後ろには、良い有権者が大勢いるのだ。政治スキャンダルが起きると、政治家に矛先が向いてしまうが、その実態は有権者の中にも古い政治を是とする人たちが多いということに他ならない。

 

だらしない政治家は、一般有権者によって選ばれていることを忘れまい。民主政治の冷たい現実だ。