【愛と勇気】愛するから勇気が出る

香港の民主活動家は自分のキャリアはおろか、命を賭してまで民主化運動に力を注いでいる。日本で言えば、坂本龍馬や高杉晋作レベルの人材である。彼らは軍隊にいて心身ともに鍛えられたとか、何か特別の才能があったわけではない。普通の20代の若者である。正直な気持ちを言うと、なのに彼らがなぜあのような勇敢な行動に出られるのか、私は不思議でならない。相手は泣く子も黙る中国共産党。弾圧される可能性は極めて高いのに。

 

よく似た戦後の例では、東欧諸国の東ドイツのベルリン暴動(1953年)、ポーランドポズナン暴動(1956年)、ハンガリー動乱(1956年)、チェコスロバキアのプラハの春(1968年)がある。敵は遠いモスクワから圧政を敷くソ連共産党。独裁者スターリンが死んだのが1953年、これをきっかけに自由を求める市民によって各地で暴動がおこったのだ。

 

理屈で考えれば、普通勝ち目がない。というか命を犠牲にしかねない行為だ。しかし、人々はそれでも街頭に立った。その中には前途有望な若者が少なくない。なぜ彼らはそんな行動に出られたのか。

 

彼らは本当に国を愛し、国のことを思っていたのだと思う。逆に、自分のことを優先していたら、そんな勇気を持てない。そこまで強い思いを持てないなら、まず大人しくしているか、国外に逃亡することを考えるだろう。普通の組織でも自己保身で動く人がいるが、「勇気」という言葉とは無縁なのだ。今日は愛という、歯の浮くような言葉を使ったが、実は現代の日本社会であまり重視されていない言葉の1つと言っていい。結婚し子供が出来て感じるのは、この「愛」という言葉が人を強くし、幸せをもたらしてくれるということだ。香港の民主活動家の表情を見ていると、まさに「生」そのものを感じる。

 

ここでの「愛」というのは、肉体的なもの、エロースではない。こっちの「愛」はどちらかというとベクトルが物質的なもの、及び自分の方向に向いている。国を愛し、他者を心から愛することで、勇気が得られるように思える。日本の若者はダメだとか、政治に対して関心がない、とか言われて来たが、心構え一つで私たちも龍馬や晋作に近い所まで行けるということなのだ。

 

政治から離れた例を紹介すると、昔の日本によくあった例だと思うが、家が貧しい10代の若者が家族や弟・妹を食わせるために自らが働きに出たり、進学を諦めたり、自分の皿に盛られている魚・肉をあげたりしていたようだ。私も弟が1人、妹が2人いるがそのようなことを考えたことはない。しかし、当時の貧しい彼らがなぜそこまで他者のためにやってのけたのか。

 

これも愛の良き見本だと思う。中学生、高校生が何故そこまでできるのか、と1980年代という日本で最も豊かな時代に生まれ育った私は考えてしまう。日本に限らず、よく将来何をしたいか分からない、学ぶ意欲が持てないという中学、高校生がいる。それは関心が自分にしか向いていないため、エネルギーが湧かず、目標に対する努力が継続できないからである。しかし、よく考えてみると、それは若者のせいではなく、大切なことを教えてこなかった親や教師にあると私は考えている。

 

社会は物質的成功のみを追い求めるようになった。目に見えるもの「お金」と「権力」と「容姿」と「肩書」のみが成功の条件と考える人が増え、「愛」と「勇気」といった目に見えない価値観を軽視する社会が出来上がってしまった。すると社会は次第に病んでくる。テレビのニュースを見れば一目瞭然だと思う。

 

岸見一郎氏のベストセラー著作「嫌われる勇気」とその続編「幸せになる勇気」の結末は「愛」。愛こそ我々人類が幸せになるためのキーワードだというふうに書かれている。自分だけを愛していたら、自分を殺す権力を持つ人物・組織に対して戦いを挑む勇気は出てこないだろう。どこにでもいるが、権力に対して常におもねるのが一番と考える人は古今東西どこにでもいる。こういう人たちは、まず第一に自分の身のことを考えている。いいか悪いかではなく、それはその人の生き方、ライフスタイルなのだ。

 

政治家であれ、一般市民であれ、愛を追い求める、そして目標に邁進する勇気を持つ。

龍馬や晋作、東欧・香港の若者、貧しい家の長男、長女など、歴史の偉人のみならず一般民間人がかくも生き方を教えてくれるとは。まさに政治は生き方の教科書とも言える。つまり、政治に興味を持たない人は、教科書を捨てているということになるのだろうか。