【無投票は何故危険か】政治家が有権者を恐れるのは、選挙があるから

昨日に引き続き、選挙の無投票について書いていきたい。十分な数の候補者が揃わず無投票になると、選挙は不成立となり、届け出をした候補者が当選となる。となるとその候補者は書類に記入するだけで、権力と給料(報酬)を手にすることになる。言い換えれば、楽にカネと権力が手に入るわけである。コロナが来ようが、地震が起きようが、法律で政治家の身分と給料は保証されているので、任期の間は基本その地位は安泰だ。

 

日本の政治家は有権者の意向を汲んで政治を行うのが当然とされている。なぜなら私腹を肥やしたり、特定の団体にだけ便宜を図っていれば、その政治家は次の選挙で落選してしまう…はずだ。そうなれば地位・給料を失い、メンツも傷つく。というわけで政治家は選挙を非常に気にする…ことになってはいる。ここが中国や北朝鮮の政治指導者と大きく違う所である。

 

しかし、選挙が無投票だと、選ばれる政治家側はどう思うか。住民を第一に考えなくても選挙に落ちる心配はなくなるので、適当に政治をやって任期を全うしようとするだろう。日本では一部の発展途上国の政治家のように莫大なカネをポケットに入れるようなことは戦前を含めてあまりしない。それよりも今の政治家は「つつがなく任期を過ごす」ことに重点を置くような気がしている。そのために分かりやすい政策や改革案を前面に掲げて選挙戦を戦うことをしなくなる。その方が敵を作らず楽だし、もっと有難いことに有権者側も諦めムードに入ってくる。

 

そしてそれは既得権益側からすれば、オイシイ話だろう。有権者が政治に無関心でいてくれること程ラクなことはない。選挙が不成立になり、政治指導者が有権者に関心を払わなくなってしまったら、その人は香港で政治家やっても十分務まるはずだ。

 

故に各自治体で地に足の着いた政治家志望の人材を育てることが必要になってくる。しかし、私も選挙に出て体験したことだが、現状では選挙に出ようする無名の一般市民を寄ってたかって押さえつけようとする大人が非常に多い。民主化を命がけで進める香港の活動家を尻目に、我々も政治に対する考えを大きく変える必要があると思う。