【李登輝元台湾総統】信仰が改革の原動力だった

【李登輝元台湾総統】信仰が改革の原動力だった
 
李登輝元総統が97歳でお亡くなりになった。この場を借りてご冥福を申し上げたい。親日家、日本人以上に日本人、台湾民主化の父…様々な角度から李登輝氏を語る報道が日本のメディアから語られるが、私はまた別の切り口から李登輝氏を語ってみたいと思う。
 
李登輝氏はキリスト教長老教会系(プロテスタント)であった。
 
貧しい時代に青年時代を過ごした李登輝氏は、台湾社会を覆う貧富の格差に幻滅を感じ、マルキシズム・共産主義に一時関心を持ったことがあった。それが原因で反共の国民党独裁政権に命を狙われるのだが、36歳の時にキリスト教に入信。唯物思想のマルキシズム・共産主義に対し、「見えないものを信じる」ことを求める神への信仰の重要さに気づき、キリスト教に改宗した。
 
信仰は頭の良い人ほど難しい。私も7年間悩んだ挙句キリスト教徒になったのは26歳の時。李登輝氏は更に長い間自らの信仰と格闘したのだ。理屈、理屈を頭の中で張り巡らせても、神には出会えない。ただ信じることだけが救いの道に至ることをアメリカ留学を経験し、奥さんの助けがあってようやく理解できたのだ。
 
1980年代に蒋経国政権の副総統になり、88年禅譲という形で総統に昇格する。李登輝氏は、信仰がなければ、政治家は目に見えるものばかり追い求め、大局観をもって物事をみることができない、と語る。今の日本の政治家がなぜ長期的視点で物事をとらえられず、小手先の話しかできないかというと、座禅や早朝の掃除など、昔の日本人がやっていた精神的修養を怠ってきたからだそうだ。
 
例えば、政治家が何か大きな改革をしようとすると、通常「それは無理でしょう」と周りが言ってくる。信仰のない物質主義的な人間には「目に見えるもの」しか信じられないので、小手先の改革ししかできない、と思い込んでしまうのだ。そしてお金を権力を持っている人に対し殊の外弱くなり、少数派になっても言うべきことを言えない人になってしまう。
 
李登輝氏が総統だった90年代、日本外交は中韓北に対して非常に弱かった。人権弾圧や不合理な内政干渉に対してはっきりNo!と言える政治家や官僚があまりにも少なかったように思う。世論が変わったので今は少しマシになったが、まだまだ多くの日本人が「寄らば大樹の陰」で物事を考える。資金・組織票なしで市議選に出ようとしたとき、周りから反対の嵐が吹いたのをハッキリと覚えている。
 
福井県で言えば、自民党に入りたがる若手議員が多いが、巨大与党に入ることで自分の政治的信念を議会の場で自由に語れなくなってしまう恐れがある。自民・公明の組織票は候補者としては心強いが、その代償もまた大きいように思う。
 
李登輝氏が著書「台湾の主張」で、新約聖書に出てくるイエスとトマスの対話から、「見ないで信じることの幸い」について語る。十字架上で処刑されたイエスが突然復活し姿を皆の前で表したのだが、トマスだけは信じようとしない。トマスは自分の指をイエスに手のひらに触れさせることで、ようやくイエスの復活を信じるのである。
 
我々は自由・民主・人権といった見えない(票にならない)価値観をまず第一に考え、政治家としての力強い主張を有権者の前で堂々と行う。それが親日家・知日家・クリスチャンである李登輝氏が日本の政治家に求めたことだと私は信じている。
 
李登輝先生、私はあなたがこれからお住まいになる「神の国」から、台湾と日本の政治家に多くの助言を与えてくださることと信じます。私もいつかそちらに米国人の妻と行きますので、その時また聖書について教えてください。安らかに。