【旧約聖書と性的スキャンダル】使命感を失った政治家が犯す過ち

「英雄色を好む」という諺があるように、古今東西権力者がそっちの方向に走ってしまうことは珍しくない。

愛すべき旧約聖書の登場人物:志士サムソン、統一イスラエル王国のダビデ王とその息子ソロモン王は女性で失敗している。これらのリーダーも評価すべき点は結構あるのだが、どうしても性的なスキャンダルというものは読者に強烈な印象を残してしまう。

 

最近のニュースだと、韓国のソウル市長がセクハラ問題が公になり自殺までしてしまった。アメリカだと、アラバマ前州知事(男)が子持ちの政策秘書と不倫して辞職した。また、米国は故ケネディ大統領とクリントン大統領が所謂「お盛ん」なイメージを残した指導者だった。日本では、最近だとコロナ自粛期間中に歌舞伎町の風俗店に行っていた国会議員が謝罪に追い込まれた。どれも普通のサラリーマンの常識では考えられないようなことを政治的指導者がしばしばやってのける。これはなぜなのか。

 

指導者がこういった方向に走ってしまうのは、政治的指導者として「戦うことを止めた時」であろう。

例えば旧約聖書のダビデ王は、敵に命を狙われていた時などは性的スキャンダル所ではなかったが、一旦安定政権を樹立したら、キリスト教徒の間では知らない人はいないバト・シェバ事件を起こしてしまう。バト・シェバという人妻に恋をしたダビデ王は、夫が戦争に行っている間に自分の部屋に彼女を入れてしまい、あろうことか妊娠させてしまう。バレるのを恐れたダビデ王は、策略を巡らしてバト・シェバの夫を戦場の最前線に送り、戦死させてしまうのである。

 

本来ダビデ王は指導者として戦場で前線にいなければいけない立場だったのに、王宮の中でくつろいでいたためにこうなった。その息子、つまり後継者ソロモン王も終始安定政権で妾を何百人も抱えており、それがきっかけで神への信仰が弱くなってしまい王国分裂へとつながっていく。

 

 現代の例。ソウル市長や前アラバマ州知事、歌舞伎町へ行った野党系国会議員も身分は安定しており、収入も一般市民からすれば破格の待遇だ。指導者の地位にいることで、人は黙っていてもついてくる。権力者がそんな状況に長くいると嫌でも心にスキが生まれるだろう。本来、政治家がすべき仕事は数多くあり、庶民のためにも戦い続けねばならないのだが、戦うことを止めると、こういったスキャンダルを起こす…そんな法則があるような気がしている。

 

 政治家は敵から始終つけ狙われているぐらいが丁度いいのかもしれない。使命感を忘れないためにも。