【議員はなぜ議場で寝るのか】議員ではなくまず有権者が変わるべき

どこの自治体にもいそうだと思う。確かにそもそも貰う年収額を見ると、一般有権者からは腹立たしい。なぜ議場で議員が寝てしまうのか?議員の立場で再考してみる。

 

①議会において、答弁や質疑・質問がダラダラとなされることがあるので、退屈になってしまう。

②昼食後は、じっと同じ時間同じところに座っていると特に眠くなる

③議会に出される各議案・案件そのものに対する議員の責任というのは、それほど大きくない。だから何事も他人事のように思えてしまい、寝てしまう。

 

①は、答弁が延々と続く数字の羅列だったり、一般質問をする議員が紙の棒読みをしていたりすると、眠くなる。激しいヤジを生むような答弁や質問をすれば、眠気など吹っ飛ぶだろうが、なあなあで物事を過ごしてしまった方が結局は議場で座っている時間は短くて済む。政治家も役人も公務員なのでつつがなくやり過ごした方が楽なのだ。

 

②こそ、私が議会のある日は必ず昼食を食べないことにしている理由である。朝食を取らないこともある。昼食をとると普通に眠くなる。

 

③は、議員の意識の問題で、市長や理事者(市職員)と違い各案件に対して大きな責任を負っていないため、どこか他人事になってしまう。議員も2~3年やればだんだん慣れてくる。期数を重ねれば重ねるほど物事は「マンネリ化」してくる。本当は選挙でやる気なさそうな議員は落とせばよいのだが、組織票に支えられていたり、立候補者数が十分いなかったりすると、延々と議会に居座ることになる。

 

使命感の薄い議員が選ばれてしまうのは、実は有権者全体があまり地方議員に期待していないからでもある。無投票、多選、世襲、自民一党体制…政治的無関心がこのような議員を生んでしまうのだ。「議会は有権者全体の鏡である」と以前主張したことがあったが、居眠りしている議員の姿が実は有権者の姿だったりする。もしそうでなければ居眠り議員は次の選挙で落ちるだろう。

 

だが、しっかりとまた当選してくるのである!

 

居眠り議員を支える有権者が私たちの周りにたくさんいるのだ。有権者が変わらなければ、政治家は変わらない。なぜなら日本は民主主義国家だからである。私はよく「議会内に仲間を作ったら…」と言われることがあるが、残念ながら議員は変わらない。先に変わるのは有権者であり、その後政治家が変わっていく。

 

有権者は変わるだろうか。実は、ふとしたきっかけで結構変わるものである。私は選挙前に、多くの人から「なぜお前みたいなのが出るんだ」

「選挙みたいな(汚らわしい)ものに出るなんて信じられない」

「4年後出ろ」

などと言われたが、当選後同じ人から

「一票入れさせて頂きました!」

「おめでとうございます!」

「(議員報酬が入ったので)お金貸して」

と言われたものだ。

 

政治家は結局のところ1人1人にお願いしながら一歩一歩改革を前に進めていくしかないのだ。議会内の数合わせなどで大きな改革を起こすことはできない。拉致を風化させない条例案、鳥のフン防止条例案の署名集めがもうすぐ始まる。民主政治の基本は、こういう地道な活動にあると思っている。

 

まずは、有権者の政治参画があまりにも低調なので、そこを変えていく必要がある。特に市町の議会選程度の選挙に出るだけで、家族・親族・友人が目を白黒させるような風潮はどう考えても民主国家の国民として成熟していないように見える。議会を変える前にまず自分たちが政治に参画していくべきなのだ。そうなればそのうち居眠りする議員は出てこなくなるだろう。