なぜ自民党一党体制が福井県最大の問題と考えるようになったか?

きっかけは9月議会の「拉致問題の請願」 なぜ共産党が賛成をして、自民党員がこぞって反対したのか。

 

夏休みの宿題廃止は重要だが、問題の枝葉。

石山市長の市政運営云々も、問題の枝葉。

 

問題の根幹は、自民党一党体制にある。自民党一党体制の下では、政治家はそもそも有権者全体とコミュニケーションをとる必要がないか、党内外に敵を作ったり面倒なのでやりたくない。おとなしくしてれば取り敢えず選挙には当選する。

 

だから典型的なこれまでの政治家には、昔の小泉首相のような政治的な強いメッセージや信念などは必要ない、というかそんなものあっては困るの既得権益団体だ。だから福井県内の首長選挙では安全パイの役人候補が自民党によって擁立され、通常そのまま当選する。自民党の後押しを受けずに選挙に臨む元官僚候補(例:高木文堂氏、黒川浩一氏、西川一誠氏等)は一定の得票まではいくものの首長選挙では自民党推薦の候補に負ける。たとえそれが現職であっても。このような構造が数十年続き、必要な改革が行われずダラダラと時間だけが過ぎ、福井県及び各市町の政治が停滞してしまっているという状況である。それを県民に悟られたくないためか、行政は一生懸命「幸せ日本一福井県」というスローガンを我々の脳に刷り込んでくる。当の福井県民は「ほんまかいな」という顔をしているが、自民党一党体制の下では政治指導者はそうそう民衆の声など聴く必要はないし、むしろ民衆の感覚など邪魔でしかないだろう。自民党福井県連が怒らないように、安全な行政をしていればそれでつつがなく任期を全うすることができるのだ。県・各市町共に議会の過半数以上は自民党と自民党員の無所属議員によって占められている。相当無茶を言わない限り、首長提案の予算案は最終的に通してくれる。

 

自民党内にも優秀な議員は大勢いるが、福井県ではいつも選挙に勝つので頭の固いトップは同じ人のままだ。少数の政治エリートが福井県を動かしており、それが故に一般有権者は政治は遠く離れた別世界の話、という風に思わされている。むしろ議員になろうとする人は変わった人のように思われ、友人・知人・親族・家族あたりからダメ出しを食らう。だが国民が政治に積極的に参画しない限り、民衆がおバカな政治家に操られる構図は変わっていかないのだ。国民は政治家を馬鹿だと思い白けている人は多いと思うが、それ以上に政治家側は有権者の動向と弱点をよーく研究して選挙に臨んでいる。

 

9月議会に福井県をよくする会が提出した「拉致問題を風化させないための請願」について、自民党(系)議員が反対し、共産党議員が賛成した。内容は大まかに言って1)拉致問題を風化させないために議会の議決をすること、2)大野市内で拉致問題の啓発活動をしっかりすること、であった。少なくとも1党が賛成したということは、請願の趣旨は荒唐無稽なものではなかったということである。しかし、このような大事な案件が大差で否決された。私は拉致の請願が、全く別の自民党議員によって提出されたら、もしくは県内の別の議会で同様な請願が通っていたら、大野市議会でも可決されていたんではないか、と推測している。

 

菅総理大臣自らが最重要課題と言ってのけた拉致問題に関して、本来ならば政権与党である自民党が率先して世論を盛り上げていくべきなのであるが、現実ではそうなっていないようだ。拉致被害者自らが拉致問題がだんだん遠い過去の話になっていると語るようになる2020年のこのいま、今一度政治の在り方を変えていくべき時なのだ。福井県ではまず自民党1党体制を変えていき、立花孝志、山本太郎、橋下徹のような政治的信念を持った政治家を増やしていくこと。これをしなければ、政治は今後何も変わっていかないだろう。たとえ他の県が改革に成功してしまっていたとしても。