【哲学的な問い】愛すれば、強くなれる

政治家(議員)は政治のことだけ語るのはいささか勿体ない。宗教や哲学、趣味や雑学なども大いに語るべき。ということで、今日は哲学。哲学という言葉は一見難解なように聞こえるが、要は「生き方」と置き換えれば身近に感じられるだろう。こういうことを考えずに大人になり歳をとると、結局の所いわゆる「社会の常識」を盲目的に信じてしまい、自分らしく主体的に生きることができない。我々の信じている「ムラの常識」が我々を幸せにしているのか、日々問い続けなければならないのだ。その助けとなるのが哲学である。

 

ソクラテスやプラトンのことはよく分からない。それでも、自分は人としてどう生きるべきか、などという友人同士でもあまりしないような問いかけを自分自身にすることは大切だ。またその余裕も我々に必要なのだ。

 

そこで、今日は「愛」について。愛、と聞くとエロスの肉体的な愛のことを想像してしまうのが我々であるが、フィリア(友愛)、アガペー(神の完璧な愛)、ストルゲー(親子愛)など厳密には細かく分けられている。

 

先日読んだ元拉致被害者の地村保志さんのお父さん、故・地村保さんが著した「絆」という本を読み、息子をさらわれた親の愛の強さをまざまざと見せつけられた。何十年と全国を歩き回りながら署名活動を続けたあの力は何処から来たのか。地村保さんとてスーパーマンではない。お酒好きな普通の一市民であり、大工の仕事で生計を立てていた。その彼が暑い夏も寒い冬も拉致被害者の救出活動を何十年間続けてこられたのは、息子夫婦に対する「愛」である。違う切り口で考えると、愛することで人はこんなにも強くなれるのだ。

 

そういえば、日本が今より遥かに貧しかった頃、10代の若者…というか中学・高校生が弟や妹の学費を稼ぐために働くという美談が珍しくなかった。その情熱とエネルギーはどこから来たのか?これも地村さんと同じ理由で説明できるのだ。家族に対する「愛」である。

 

逆から見れば、それは自分ファースト、自分のことを第一に考えれば、実は人間すごく弱くなる。権力者が自己保身に走ると言われることが多いが、自分の地位・メンツを守ろうとすると権力者は脆い。信念や情熱も弱くなる。特に政治家と官僚は公務員であり、一生懸命やってもサボっても同じ給料である。自分ファーストであれば、それなら何もしないほうが楽だ!と誰だって考えるだろう。我々が政治家・官僚に対して悪いイメージを持っているとしたら、おそらくそんな自分ファーストの権力者をずっと見てきたのだ。そのような政治指導者からは時代の方向性を指し示すエネルギーを感じない。投票率が低い選挙が続くとしたら、ろくな候補者がいないということなのだ。(それでも、白票でもいいから投票すべきだと私は思うが。)

 

結論:愛すれば、強くなる。愛さなければ、弱くなる。

 

このような大切なことに気づくのに40年かかったことを考えると、これまでの自分が自分ファーストだったんだなあ、と反省せざるを得ない今日この頃。娘が生まれたから、というのもあるだろうが。