【選挙】最も大切なことは、自分の言いたいことが言えているか、自分のやりたいことができているか

選挙というと、誰が当選して、誰が落選するかが一番話題となる。つまり殆どの人にとって、候補者の当落が一番重要なのだ。しかしよく考えてみると自分の努力だけではコントロールし切れない要因が複雑にかみ合って選挙結果が出るので、選挙予測のプロでも予想はよく外す。

 

● 他に誰が対抗馬として出るか?

● 景気はいいのか?悪いのか?

● 現職にスキャンダルがあるか、ないか?

● 選挙日当日の天候が晴れか、雨か、暴風雨か?

などなど、

 

これらは自分が如何に努力しても変えられない要素なのだ。まさか他の候補者にお前は出るな、などとは言えないし、地方の政治をどうがんばっても国政が悪ければ、その影響をモロに受けてしまう。現職の人気の度合いは、新人の当落に直接影響を与えるが、これも新人側にはどうにもならない。バイデンが当選できたのは、彼に人気があったからではなく、十中八九コロナウイルスが理由である。これがなければ、好景気に沸いていた米経済によってトランプの再選は確実だっただろう。

 

ではもし現職や政権与党が圧倒的に強くて、これは絶対に対抗馬は誰が出ても勝てないだろうという場合はどうか?強い現職に対して戦いを挑むのは無謀で愚かなことなのだろうか?選挙で最も大切なのは選挙の当落である、と信じ込んでいる人はそう思うだろう。しかし私はそう思わない。なぜなら、選挙の当落は気にはなるが、一番重要なことではないからだ。選挙の当落を気にしすぎて強い現職に対して誰も挑戦しなかったら、無投票や多選がはびこり民主主義はだんだん腐っていく。悲しいかな、まさにそれが今の福井県で起こっていることなのだが。

 

選挙で私が最も大切にしていることは、自分のいいたいことが言えているか?自分のやりたいことがやれているか?である。それを有権者の皆さんに委ねることが最も重要なのだ。そしてこれこそ「有権者を信じる」ことに他ならない。民主政治ではあらゆる団体から支援を受けている候補というのは、強大な集票マシーンがあるので何もしなくても票が入ってくるのだろうが、彼らは何も自分の口から政策を語れない。彼らの口から出てくる政策というのは、誰かが紙に書いたものだ。そんな人物が当選したとしても、実際は何もできないし、そもそも何かをしたくて政治家になったわけでもないので、当選後何をしたらいいのか分からないのである。そして最後にワリを食うのは住民だ。

 

仮に選挙で負けたり泡沫候補であっても、自分の言いたいことを言えている政治家の顔はなんと美しいことか。彼らは覇気があり、何歳であっても若々しく見える。逆に巨大な組織・党に所属して言葉を封じられている政治家は見ていて哀れとしか言いようがない。

 

であるから、候補者自身に●●をしたい、●●選挙に挑戦したい、という思いさえあれば、たとえ対抗馬が誰であれ、前に出るべきなのだ。こういう政治家こそが国や社会を大きく動かしていく。ここ福井県では「寄らば大樹の陰」をモットーに生きる政治家が多すぎる…がそれは一方で一般有権者の投票によって支えられた不都合な事実でもある。いろいろ細かな数字・票数は気になるし、気にすべきだが、選挙や政治は感情や勢いがモノをいう世界でもある。ここら辺は恋愛と似ているかもしれないが、これをやりたい!という強い思いを1人の地方政治家の端くれとして持ち続けたいと思う。