大野市はスキャンダルではなく、斬新な政策で目立て

大野市にすっかり根付いている自民党ー役人型政治。自民党が元役人を首長に担ぎ、組織票(or無投票)で選挙に勝ち、いわゆる「従来型」の行政を行う。他者を刺激するような目立つ発言は極力控え、斬新な政策も行われない。SNSによる発信などもってのほかである。福井県の政治家全般に言えることだが、メッセージの発信力が弱く、有権者からあの人は何を考えているか、何をしようとしていか分からない、という評価が定番だ。そう、「考え」というのは秘めておくもので、有権者に向かってアピールするものではない、と古い政治家&その下請けのような政治家は考える。だから突然びっくりするようなハコモノ案(+スキャンダル)が瓢箪から駒の如く出てくる。

 

私が市議を2年勤めて、大野市はすっかり「有名」になってしまった。生憎それはユニークな政策ではなく、スキャンダルによって。普段から情報発信をしない市長は、謝罪のたびにテレビカメラの前に現れ、そのイメージがすっかり定着してしまった。

 

介護施設による偽造投票事件、

市職員によるスポーツ施設公金横領事件、

市職員による上司のハンコ無断使用事件、

市職員によるスポーツ少年団登録料着服事件、

市職員による建設業者からの収賄事件、

副市長による飲酒事故、

 

他の自治体でも違法行為を起こす人はいるかもしれないが、それを考慮しても大野市のスキャンダル発生率は高すぎる…と他市の人から言われるのではどうしょうもない。2年でこれなら4か月に1回スキャンダルが起きている計算になるので、市政は根本から立て直さないといけないのだ。市職員の殆どは真面目に業務に取り組んでいるだろう。しかし、優等生型の役人主導の政治では長年溜まった膿を出すことなどできない。橋下徹氏のメルマガに書いてあったが、役人というものは批判されることに非常に弱いからだ。批判されること、即ち悪いことであり、斬新な政策よりも従来型の業務ソツなく遂行することが彼らの長所でもあり、仕事そのものなのだ。

 

だがここまで状況が逼迫してしまうと、そのような役人型思考をしない人物が改革を進めていかねばならない。自民党に推されて出てくるリーダーでは忖度せざるを得ず改革が進められないのだ。我々有権者は、若さや女性といったビジュアルだけでリーダーを決めてはならない。そして、特に田舎では有権者に選択肢が与えられるよう、選挙で選択肢が必要なのである。無投票で首長や議員を決めれば、割を食うのは最終的に住民なのである。