【検証:教育委員会制度】旭川14歳中学生凍死自殺事件について思う

旭川の14歳の中学生がいじめ自殺をした事件について思う。痛ましい事件で悲しく、そして強い憤りを感じる。このような事件はこれまで日本各地で何度も起きてきたが、いつも腑に落ちないのは、なぜ学校や教育委員会は未然に防止ができなかったのか、ということである。2013年の大津のいじめ自殺事件が起きてから、教育委員会制度が法改正によって変わり、首長がある程度教育委員会に関与できるようになった。しかし、教委の独立性は未だ保たれており、選挙で選ばれた政治家(首長)は介入できない部分も多くある。そしてその弊害は、いじめ自殺事件、指導死自殺事件のようなことが起こった時、目に見える形で表面化するのだ。

 

法律は国会でつくられるので、今の教育委員会制度が適切かどうかについては、ここではあまり触れる予定はない。私はなるべく今自分がこの立場で出来ることに着目して行動に移していきたいのだ。多くの人は出来ないことばかり不満をいい、政治に対して全て傍観を決め込んでしまうケースが多いが、自分が動くことで物事が1%でも前に前進するのであれば、その1%の部分に集中して行動を起こすことが大事だと思っている。後は行動を起こしているうちに別の方策や協力者・賛同者が見つかり、2%の改革につながるかもしれないからだ。

 

さて、教育委員会制度、及び教育行政について、毎度のことながら指摘されるのは、「事なかれ主義」「隠蔽体質」「自己保身」「お役人体質」といった、典型的な優等生型公務員の弱点に集約される。波風立てずにつつがなく任期を全うできればそれでよし。そして、年功序列型の人事システムなので、教育者として不適格、または教員としてやる気がなくても職場に残れてしまう体質はこういった問題を引き起こしているように思う。これは教育関係者ならだれでも本音では気づいているだろうし、関係者でなくても知っている「公務員の性」なのだ。もちろん、議員だってそれは例外ではないが。

 

この旭川の自殺事件について、我々教育関係者や政治家が考えなければならないのは、当たり前のことながら、再発の防止である。大野市長や市職員が議会で「再発防止、綱紀粛正」と何度も唱えているが、耳にタコができるぐらい聞きなれた言葉でもある。ここで考えるべき論点は、

 

①なぜ教育委員会や学校が事なかれ主義に走り、自殺を防げなかったのか、

②教育委員会制度の中で、有権者が選んだ首長ができることは何なのか、

 

だと私は考えている。

 

①は既に大体答えは見えている。教育委員会の教育委員はお飾りの名誉職になっているケースが多い。大野市議会でも教育委員の承認を求められたが、簡単な経歴を配られるだけで、「議会はさっさと追認しろ」的なムード。この人がどういった教育的思想をもっていうかどうか、なんて審議する時間は1秒たりともありゃしない。橋下徹氏が言うには、教育長・教育委員共ども無責任体質になっていて、どこが教育行政をやっているかというと、教育委員会事務局。大野市議会でも、市長や教育長より、教育委員会事務局長が答弁する機会が断然多かった。それだけ、学校というのは議員の質問にさらされる機会が多い。それは学校が問題が起こりやすい、問題を起こしやすい機関となっている現れであり、教育行政の中身がブラックボックス化している証左なのだ。教育委員会事務局は権限を実質行使しているが、責任はない。市長・知事は教育行政に直接介入できないのにかかわらず、陰に陽に責任を負わされる。しかし、それでも政治家が最終的に役人・教員の暴走を防いでいくしかないのだ。政治家は多くの人が思っている以上に重要な役割を担っている。そこで②を考える必要が出てくる。

 

②はこれも橋下徹氏の「桜ノ宮高校体罰指導死事件」の対応から学ぶことができる。2012年、大阪の桜ノ宮高校のバスケ部で顧問に体罰を受けた生徒が自殺をした事件。勝利至上主義の伝統から、体罰を容認する雰囲気がまだ残っていたが故に、起きてしまった。当然、教委・学校はあたふたするだけで何もできず。当時の大阪市長の橋下氏が桜ノ宮高校の人事を大幅に入れ替え、スポーツ科入試中止をやろうとした。しかし、教委事務局と既存マスコミがこぞって猛反対。しかし、橋下氏は弁護士でもあるので、教委制度の盲点に気づいていた。

 

それは首長に予算執行権がある、ということである。

 

「教委が改革しないなら、入試のためのカネは出さないよ」ということである。それでも、あまりに反対が凄いので、橋下氏は再選挙で信を問うつもりでいたようである。しかし最終的に教委・学校側が折れたのである。教員も3分の1ほど入れ替えたようだ。教委や学校を変えるには、やはり政治家が腹をくくる必要がある。

 

さて、今私は大野市議であるが故に、橋下氏のような行政権を持っているわけではない。しかし、いつ何時、旭川や大津のような自殺事件が起こるか分からない。未然に防止するためにも、教育長・教委事務局に議会で念を押しておくべきだろう。そこで大切なのは、ただ質問するだけでは、優等生的な答弁しか聞けないだろうから、公務員組織、教委制度が事なかれ主義を生みやすい土壌になっていることを行政・議会全体で共有することなのだ。私が市議をした2年間で6件の新聞記事になる不祥事が起きている。何時なんごとなき事件が起こるか分からない・・・そういった意識で物事に取り組みたいと思っている。

 

できないことについて不満を述べるのではなく、できることから、やっていくのだ。