2020年1月13日 恐怖の「一粒の麦が落ちて死ぬ」とは?

ヨハネ12:24~25

★まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一粒のままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分のいのちを愛する者はそれを失い、この世で自分のいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。

 

今読み返してみると、これは恐ろしい例えだ。つまり正義のために死ね、ということだからだ。アブラハム・リンカーン大統領やマーティン・ルーサー・キング牧師になれということなのだから。または、民主主義を守るために必死になって戦っている香港の若者たちが現代の事例になるだろうか。彼らの中には遺書も書いている人がいる。

 

特に問われるのは政治指導者だ。この世で豊かな実を結ばせるために「死ねる」かどうか。

自分の地位や報酬にしがみつけば、当然適切な行動はとれず、「サタン」に足元を見られる。

逆に、愛のために義のために自分の利益を忘れ、命を投げ出すための準備ができている人は、神の国で永遠の命を得る。そういえばリンカーン大統領やキング牧師の名は永遠に忘れられることはない。いや、それよりも愛のため義のために死ねた人は皆神の国で永遠に続くいのちを与えられているはずだ。

 

この世での生は長くて100年ほど。災害、事故、病気で早く死ぬ可能性もある。

それに比べて神の国は永遠に続くのである。これに今の我々キリスト教徒が気付けるかどうか。

 

「ルワンダの涙」という映画がある。教会学校に何百名ものツチ族が難民としてなだれ込んできた。民族的多数派のフツ族が狂暴化して民族浄化を始めたのである。避難民を守るため教会学校に駐屯していた国連軍に何とある日突然退去命令が下り、イギリス人の神父と若い教師は決断を迫られる。帰国か、それとも避難民と一緒に残るか。

 

教師はやむなく帰国を決意し国連軍のトラックに乗る。神父も帰るようなそぶりを直前まで見せていたが、何と残ることを決意。見つめあう二人。このシーンは圧巻なのでぜひ映画を見てほしい。国連軍の保護の無い学校は既に、野獣に囲まれた柵の無い羊小屋に過ぎず、ここで2人の運命はほぼ決まってしまう。

 

ここでのポイントは帰国した教師を非難することではない。神父のとった行動なのだ。なぜ自分の命を捨ててまで、愛するツチ族の子供たちや避難民と一緒に運命を共にすることができたのか。この神父は神の国が既に心の中にあったのだ。神の国へ行く準備が既にできていた、と言ったほうが良いかもしれない。

 

聖書の言葉を恐ろしく思えたのは、洗礼を受けてから初めてだろうか。

2020年1月5日 種は神の言葉

ルカの福音書8章11~15節

種は神の言葉 

①それが道端に落ちる → 御言葉を聞いたが、他の教えや悪友に惑わされ、そちらを信じてしまう。

②それが岩の上に落ちる → 御言葉を喜んで聞くが、試練の時になると、守り通せなくなってしまう。

③それが茨の中に落ちる → 御言葉を聞いても、世の心遣い、富、快楽を優先してしまう。

 

神が我々に実現してほしい、社会的正義がある。それらはまだこの世で実現されていないので、主の僕であるキリスト教徒が率先して行動に移してほしいと神は願っている。分かりやすい例で言えば、マーティンルーサーキング牧師だろうか。彼は、人種差別をなくすために行動に移し、それで命までも失った主の僕であった。

 

しかし、多くの人は行動せずに終わってしまう。世の中を改革するのは専ら政治的指導者の役割だが、普通の市民運動家と違い、良い給料がもらえステータスも与えられる。なので、リスクの大きい(時にはかなり大きい)社会的正義を実現することよりも、安逸な議員生活を送ることを優先する(=③)。物質主義者としては当然の行動だろう。

 

政治を志すと、多数派に入ると何かと安心、安全で利点も大きい。しかし、そうこうしていくうちに、周りの主張に流され、神が自分にやってほしいことが実現できなくなり、最後にはしなくなる。主の御心を実現するために組織を利用するのならまだ良いが、大方は染まってしまうのではないだろうか(=①)。

 

改革をしようとすれば、必ず抵抗に遭う。そして賛同者が少ないうちは(というか賛同者が多いことを実行しても改革とは言わないだろうが)、身の危険をも感じることがある。一昔前までは権力者に歯向かうと、命がいくつあっても足りないのが普通だった。まさに全世界「北朝鮮型政治」みたいだったのだろう。そんな環境では、そんなリスクを冒してまで主の御心を行わなくても良いと考えてしまうかもしれない(=②)。

 

とにかく議員という仕事をあまり長く続けてしまうと結構①②③のうちのどれかになってしまう危険性が高くなる。4年で何もしなかった人物が、8年たって大きな改革ができるとは思えないからだ。